弘道軒清朝体活字は、神崎正誼が明治7年(1874年)に創立した活版製造所「弘道軒」が明治9(1876)年に販売を開始した楷書活字で、活字書体全体としてみて最も古い部類に入る。日本ではほとんど使用されなかったパンチドマトリクス法(打ち込み型母型技法)によって製造された和文活字として知られている。明治14年から約10年間、東京日日新聞の本文用書体として使用されており、書籍を含め本文用書体として楷書体が用いられた唯一無二のものである。弘道軒清朝体は明治10年代半ばから20年代にかけて盛んに用いられた。当時は日本活版印刷技術の黎明期にあたり、短期間で姿を消す活字も多く、弘道軒清朝体もそのような活字書体のひとつである。現在デジタルフォントとして株式会社イワタから販売されており、現存し実際に使用されている楷書活字である。
本学が所蔵する弘道軒清朝活字関連資料は、平成18年(2007年)株式会社イワタ活字の活版部門廃業時に本学が購入したものである。弘道軒清朝体3号、4号、5号、6号の「母型」(内パンチドマトリクス母型の割合は3号、4号、5号、6号それぞれ、84.7%、22.8%、29.8%、18.1%。他は電胎母型)、またその母型から岩田母型製造所で鋳造された「活字」一式を中心としている。その後、本研究を行うにあたり、高内一氏(元岩田母型製造所社長)個人保管の弘道軒清朝体・明朝体「父型」を本学に寄託していただいた。この資料は初号の父型や弘道軒では製造しなかったとされていた明朝体の父型が含まれている。本学以外に弘道軒清朝体活字の「母型」「父型」をまとまった形で所蔵する機関は、凸版印刷株式会社「印刷博物館」のみである。